銀の風

序章・大山脈を越えて
―4話・雨の都は憂いの色―



それから一行は、リトラが召喚したチョコボに乗ってトロイアにたどり着いた。
美しい自然と女性だけの楽園は今、静かな雨に見舞われていた。
だが、植物に恵みをもたらすはずの雨は、何処か不安な気持ちにさせる気がする。
「ふぁ〜……最悪だぜ!」
雨具もなしに外をうろついたせいで、服も髪もすっかり濡れている。
「くしゅん!」
それでもチョコボを急がせたおかげで、この程度で済んでいるのだ。
もしも悠長に歩いていたら、今頃水がしたたるほど濡れていたに違いない。
とはいえ、結構冷たいものだ。宿を取った一行は、部屋に即座に入った。
「冷や冷やする〜・・早く着替えよ。あ、あんたら後ろ向いててよ!」
いくら相手が自分より年下でも、男に着替えを見られたくはないようだ。
女の子なら当たり前だが。
「わかった〜。」
言われた通りに、リトラもフィアスもあさっての方向を向いた。
リュフタを除いた3人は、着替えを始めた。
勿論、リュフタも毛皮についた水分を毛づくろいで取り除いている。
体が濡れたままでは、幻獣とて不快なのだろう。
「あ〜ぁ、早くセシルお兄ちゃんに会いたいのに〜!」
恨めしげに窓の外を眺めながら、フィアスが愚痴をこぼした。
いきなり雨が降ってきさえしなければ、少しだけでも多く先に行けたからだ。
だからといって、空の気まぐれに生き物の思惑など通じるわけもない。
「仕方ないやろ、今は辛抱や。」
フィアスはうなづくと、疲れたのかベッドにもぐる。
雨は、まだ暫く止む気配はない。
今夜中降っていそうな気配がする。
「明日には止んでくれねーとやだな。」
着替えが終わったので、彼は窓の近くのベッドに転がった。
「ったく〜、こういうときの雨って最悪だよね。
とくにあんたら、人探しなんだし。」
「おう、フィアスのやろーの依頼だからな。」
ただでさえ追いつくのは楽ではないのに、その上こんな不本意の足止め。
気が急くばかりで、不毛この上ない。
今は口には出さなかったが、召帝探しも遅れてしまった。
「ともかく今は、じっくり休んで計画ねっとけ。
って、言う天のお告げかぃなぁ?」
窓枠に乗ったまま、リュフタはただ苦笑するばかりだ。
「け、たり〜!」
そう吐き捨てて、恨めしげに窓の外を眺めてごろごろしている。
「そんな事いっとらんと、今のうちにきっちり考えんとあかんで。
せやからあんさんは行き辺りばったりのごくら……。」
言いかけたところで、起き上がったリトラの鉄拳が飛ぶ。
鈍い音と共に、リュフタの頭がかち割られた。
だらだら頭から血が流れている。
「な、何するん、や・・う、うちはた、だ……。」
息も絶え絶えの体たらく。彼女の一族は、リア王家に仕える変り種。
その時の王を主人とするのだが、こんな事をして召帝は大丈夫なのだろうか。
召喚獣の生命が失われれば、召喚士さえも息絶えるというのに。
召帝を探すといっている割には、間接的にかなりひどい仕打ちだ。
「ちょっと、あんたよく生きてるね〜……ι」
呆れ半分感心半分といった面持ちで、
アルテマは頭が割れたリュフタを見ている。
「う、うちは・・実家におと、んとおかんがぁ〜……!」
痛みで意識がおかしくなったのか、
とうとう訳のわからないことを口走り始めた。
「ねぇ……、どうしてだれもリュフタをたすけてあげないの?」
フィアスはまだ起きていた。
そして、哀れな仕打ちを受けたリュフタに同情したようだ。
「ぼく、今まで何回もお花畑見たからよくわかるんだ……。」
しみじみと語られたその台詞に、他のメンバーの顔が引きつった。
『え゛?』
こんな年端も行かない幼児が、何故頻繁にそんな所へ行くのだろう。
もしかして、冥神ハデスに魅入られているというのか。
「おいおい、何回もって……。」
背筋にぞ〜っと寒気が走ったのか、リトラの顔色は心なしか悪い。
花畑を見るイコールあの世に行きかけたと言う認識は、
何故かルーン族にもあるらしい。
「本とだも〜ん!」
力説されても2人と一匹は困るだけだ。
言ってる間に、彼は袋から取り出したポーションをリュフタに使う。
見た目より傷自体は浅かったのか、見る見るうちに傷が治った。
「なおった?」
まだ乾ききってない血が痛々しいせいか、
心配そうにリュフタの顔を覗き込んでいる。
「ありがとな〜……。」
思わずがしっとフィアスの肩にしがみついて、ほお擦りしている。
多少オーバーだろうが、それほど嬉しかったに違いない。
どこかに行ってしまっているような顔になった気もするが。
「やれやれ……。」
まるで他人事のように、リトラがかぶりを振った。
「やった本人がよー言うわ……。」
思いっきり睨みつけるものの、本人はどこ吹く風。
気がつけばアルテマも、そんなことに構ってはいなかった。
剣の手入れを始めており、輝きを確かめながら布で磨いている。
「ねー、明日どうするの?」
騒ぎも一段落ついたので、自然に明日の予定に話が行く。
ゆっくりしている今なら、決めるのにちょうどいい。
「情報仕入れた後、まず買い物でしょ。
たしか、後ちょっとしかポーションなかったから。」
共用の道具袋をリトラが覗く。
中のアイテムは、これまで人里がなかったためにほとんどない。
これでは、旅の途中で尽きてしまうだろう。
「どうや?リトラはん。」
と、言いつつ自身も袋を覗き込んで顔をしかめる。
こりゃだめだと言わんげに、ため息をついた。
「アルテマの言うとおり、こりゃ買い物しねーと持たねーぜ。
よし、明日はまず買い物だな。」
ものの五分も経たないうちに、明日の予定が一つ決定した。
「じゃ、疲れたしもう寝ようよ。」
アルテマの提案で、今までのたびの疲れを癒すべく、
早々に眠りについた一行だった。
買い物以外の予定は、また明日立てればいいと思っているのだろう。


―翌朝・道具屋―
さすがに都会の町ともなれば、店の品揃えが違う。
田舎の町や村では手に入らない貴重な薬や、変わったアイテムが整然と並んでいる。
何より店が広くてきれいだ。
「お〜、田舎とは大違いだな!」
実は故国を出てから、小さな村や町で買い物するたび、
品揃えの悪さに不満を持っていたらしい。
珍しくるんるん気分といったところか。
「ったく、こういうとこ来ると、実家のしょぼさがね〜……。」
アルテマは、ダムシアンとファブールの国境にある剣士の村の出身だ。
だからか、都会と村を比べてしまうらしい。
「マジックアイテムはあんまねぇな〜……。人間の町はみんなこれかよ?」
そう言って、つまらなさそうに店の品を眺めている。
回復アイテムのついでに、戦闘の助けになるマジックアイテムがほしかったのだろう。
特に武器が聞きにくい敵の場合、魔法の節約にもなるのだが。
「ぼくはしらな〜い。あ、これなんだろ〜?」
棚に在った丸い薬を、興味津々と言った面持ちで眺める。
「それ?どれ……って、ハイポーションじゃないの。」
ガラス状の容器の中に、黒っぽいもやのような物が入っている。
一度見たら、まずポーションとは間違えない。
「見るのはええけど、落としたらあかんで。
割れたらお金払わなあかんからなー。」
薬の類というのは、総じて高いものだ。
ポーションならまだいい。もし万能薬を落としてだめにしたら、
目の玉が飛び出る大金を支払う羽目になる。
「はーい。」
素直に返事を返し、再び眺め始める。
年相応と言うのだろうか、可愛いものだ。
「さ〜てと・・ハイポーション×50に、エーテル×10。
それと、普通の薬×10でいいか。」
何やら、見慣れない文字をメモに書いている。
恐らくルーン族だけの文字だろう。
「お薬も買うの?なんで?」
冒険に要るのかどうか気になったのだろうか。
ひょこっとフィアスが顔を出す。
「お前が風邪とか引いた時のために買えって、リュフタがうるせぇ。」
子供、特に幼児はいつ体調を崩すか分からない。
ちょっとした事で、すぐに熱を出したりすることもあるのだ。
「そっか〜。」
風邪で嫌な思いをしたことも当然あるらしく、
お熱で遊べないのもいやだけど、薬って苦いよねなどとぼやいている。
「たしかに、カゼ引いた時に薬ないと困るしね。
それよりあんた、何でそんなに金あるのさ?」
そう問いかけるが、リトラは無視してカウンターに向かっていってしまう。
やれやれと肩をすくめ、再び棚のほうに向き直った。
と、その時だ。
「え、おっちゃんそれマジ?!」
突然、驚いたように叫びだすリトラ。
2人と一匹は、驚いてリトラの方に駆け寄った。



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さて、次はいよいよセシルたちが出てくるはず。
次回、某スポットは大変なことになります。どう大変かというと、非常事態が発生します。
どういう非常事態かは……まあ、見れば一発です。わかりやすいですから。